腕時計のダイヤル(文字盤)に入れられることがある「差し色」。
腕時計で「この差し色、何か邪魔だな~」と感じた経験はないだろうか?
はじめに
差し色とは
差し色という用語はファッション業界でよく使われている。
とある辞書によると「単一の淡い地色に、濃い色を柄のように小さく配すること。ポイントカラー」であると説明されている。
アクセントカラーとは
差し色とは異なる意味で、アクセントカラー(強調色)という用語がある。
アクセントカラーとは「通常、小面積で持ちられ、配色に変化をつけたり、他の色をより引き立てる役割を担う色」とされている(東京商工会議所編『カラーコーディネーター検定試験2級公式テキスト』(第3版)「カラーコーディネーション」241頁)。
なお、アクセントカラーは、必ずしも他の色に対比的に用いるということではなく、対象物の役割やコンセプトに沿うように色が選択される(前出カラーコーディネーター検定試験2級公式テキスト241頁)。
差し色とアクセントカラーの違い
用語の定義を比べると、アクセントカラーは、ベースカラー(最も面積が大きい色)が単一の淡い地色に限られない点で、差し色よりも広い概念といえる。
差し色とアクセントカラーの違いを考えると、たとえば、全身真っ赤なスーツに、ブルーのネクタイを合わせた場合、ネクタイのブルーは、差し色とは呼ばず、アクセントカラーと言うべきことになる。
もっとも、ファッション業界では差し色とアクセントカラーが厳密に使い分けされていないようだ。
文字盤に差し色が使われている腕時計とその評価
ロレックス GMTマスターⅡリファレンス 126710BLNR
ロレックス GMTマスターⅡ ウォッチ: オイスタースチール - M126710BLNR-0002
通称「バットマン」。
バットマンは、回転ベゼルが暗い時間帯=黒、明るい時間帯=青で区別している。
これは機能(視認性)から導かれた色遣いの例といえる。
文字盤では、第二時間を示すGMT針には青色がアクセントカラーとして使われている。
GMT針は常に移動しながら第二時間帯を指しており、第二時間帯が瞬時に読み取れることは視認性の向上に資する。
これも機能から導かれた色遣いの例といえる。
赤×青の通称ペプシも然りだが、いずれもアクセントカラーを入れること自体が「機能面」から導き出される例といえる。
IWC ポートフィノ・オートマティック Ref.IW356506
IWCの人気ラインナップであるポートフィノ。
「60」の数字にアクセントカラーとして赤色が使われている。
この赤色だが、機能から導かれたものとはおもえない。
というのも、いちいち60秒の場所がどこかは強調されなくても分かる。
では、ブランドまたはラインナップのコンセプトから出てきたものだろうか?
公式HPによると、ポートフィノのモデルコンセプトは「地中海式ののんびりとしたライフスタイルと、控え目でありながら気品のあるセンスを体現」することだとされている。
地中海式ののんびりしたライフスタイルのなかで「赤」という色がどういう意味を持つのか、、、
むしろ、「のんびり」というコンセプトを表す色として、活発な印象のある「赤」はどう考えても相応しくない。
そうすると、デザイン的な感覚として赤が入れられたと解釈せざるを得ない。
厳密にいえば「アクセントカラー」として入れられた。
しかし、ポートフィノのユーザー層は、ミニマムでシンプルなものを好む人だろう。
その目線で見ればアクセントカラーに赤を持ってきたのは蛇足だったといえる。
なお、今回のテーマからは逸れるが、そもそも文字盤外周の「5」「10」、、、という5分刻みのアラビア数字すら要らないだろう。
5分単位で物事を考えることは、のんびりしたライフスタイルとはかけ離れている。
ジャガールクルト マスター・ウルトラスリム・スモールセコンドREF. 1218420
マスター・ウルトラスリム・スモールセコンドREF. 1218420
マスター・ウルトラスリムは、ジャガールクルトの丸型・薄型のドレスウオッチだ。
上掲の写真では分からないかもしれないが、マーカーで矢印を指した部分(スモールセコンドの60秒目盛りに位置するバー)に赤が差し色として使われている。
この発想はIWCポートフィノと共通しているが、これも機能的な意味で入れられたものではないだろう。
繰り返しになるが60秒の場所はいちいち強調されなくても分かる。
では、アクセントカラー(赤)がブランドまたはラインナップのコンセプトから出てきたものだろうかというと、そうでもない。
マスター・ウルトラスリムのコンセプトは「究極の域に達したミニマリズム」であるし、実際、シンプルイズベスト・ミニマムを好むユーザー層に支持されているとおもう。
果たしてそのユーザー目線で見たときに、スモールセコンドの60秒位置に突如として差された「赤」をどう感じるだろうか、、、言うまでもない。
もっとも、目につく改善点としては、赤の差し色くらいで、それ以外の部分は素晴らしいとおもう。
タグ・ホイヤー カレラ Ref.CBG2010.BA0662
タグホイヤーというブランドは「レーシングクロノの名門」である。
そして、カレラというシリーズは、「クラシック」な「モーターレース」を、「現代的」に解釈し表現した「スポーツウオッチ」である。
上掲のモデルは、まさにレーシングカーを時計に落とし込んだというもの。
情熱的な赤色を、針とバーインデックスに取り込んでいる。
特に、針に差し入れられた赤色の効果により、いまにもスピードメーターのように針が動きだしそうな気にさえさせてくれる。
上掲のカレラは、ブランドとシリーズのコンセプトを実によく体現している。
だからこそ好みは分かれるが、非常に効果的に色を取り入れているという意味での成功例と言えよう。
Grand Seiko Heritage Collection SBGH281
SBGH281 | COLLECTIONS | グランドセイコー公式サイト
日本を代表するグランドセイコー。
「最高の普通」と表現される、実用時計の最高峰を提供するという哲学である。
さて、上掲のSBGHだが、こちらも「赤」が差し色(厳密にはアクセントカラー)として使われている。
赤がかなり目立っているが、まず「どこから赤が出てきたのか」ということだ。
この点、公式HPによると「ブランドが持つモノづくりへの情熱が込められて」いると明記されている。
たしかに、「赤」は情熱を表現する色だ。
しかし、先ほどのタグホイヤーのカレラとは異なり、グランドセイコーのブランド哲学やシリーズのコンセプトから、誰もが素直に「赤」を導き出せるとは言えまい。
そもそも、グランドセイコーのユーザー層が求めているのは、スイス時計などと比べれば質素で地味な腕時計だけど、品質・作りにはしっかりこだわった国産品ということだろう。
そのユーザー目線で上掲のモデルを見れば「自分は買わないけど、グランドセイコーにも、こういう奇抜なデザインのモデルもあるんだね。」と言われるだろう。
まとめ
意味のない差し色。
それはまさに「蛇足」。
その時計、違和感のある差し色、入っていない?
じっくり見てから時計を買おう。